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さぶかるもん

アニメ歴約20年、ドラマ歴約5年の硬派オタクによる備忘録

話がまともに作れないならポエムを書けばいいと思うよ 『キズナイーバー』&『迷家』の難点 ①

今をときめく岡田麿里脚本のオリジナル2作が残念な出来だったので、何が駄目なのかを考察。
 
共通する主な問題点は、設定が投げやり、結論含めてほぼ台詞で説明、トラウマ描写がおざなり・紋切り型でキャラの深みがない、都合のいいアシストキャラが目立つ、最終的に急にみんな物わかりが良くなる、大人がまぬけ。といったところで、ターゲットが中高生にしても、ちょっと子供だまし的で視聴者を信用していない印象を持ちました。では、各作品ごとの感想を。
 

キズナイーバー

見ていない方は、細かい設定などWikipediaを参考にしてください。 
 
まず、設定について。キズナシステムの実験が始まった背景が全く描かれず、世界平和に繋がるという説明があるのみ。何がどうなったら実験成功か、どう平和に繋がるのか不明のままで、説得力が皆無。それを世界各国が援助して(一度失敗してるのに)やっているというのが滑稽の極み。そして、スケールの大きい話だったのが最終的に個人の感情、友情や恋愛の話に収束してしまって、設定は単に都合のいい装置でしかなく、園崎も過去の経緯があるにしても何でこのプロジェクトを任され指揮する立場にあるのかよくわからないという(笑)
 
都合のいいキャラは、極度のマゾヒストの日染芳春。賑やかし要因として機能させつつ、非常に物わかりがよく、他人の気持ちを代弁し、核心めいたことを言わせるためだけに存在し、大したエピソードは描かれません。あとは、一応キズナの会メンバーのマスコット達も都合のよい使い捨て要因(笑)
 
あとは、大人側がまぬけという問題で、特にそれを感じるのがスクールカウンセラーの漆原。彼女は、システムが解除された後でもメンバーが勝平の思いを聞いて胸の苦しみを感じたことに対して、こんなことを言います。
「誰かの痛みを自分の痛みのように感じる。それは私たちがキズナシステムで目指していたもの。ありがとう、キズナシステムがなくてもそれが可能だと教えてくれて」
そもそも人が全く他者の感情が理解できない存在という前提だったのか!(笑)そして、こんな発言を大人、しかもカウンセラーがするというおかしさ。ちゃんとカウンセラーの仕事をしてください<(_ _)>
 
そして最終的な結論が、「気持ちがわからないからお互い気になったりする、傷つけあうことがあっても、痛みと向き合い、それを乗り越えて仲良くやろう、友達万歳!」といったものなんですが、この結論とキズナシステムの必要性の話は別であり、最後は完全に園崎の個人的な動機によるものとなっていて、根本の設定の整合性の問題が立ち上がる構造になっております。
 
キズナイーバーについては以上。
 
ここで突然ですが、オススメの本を紹介します。
 
次回は迷家の感想とまとめを書きます。